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七郎次の中等部訪問という御用は、
実質的には八月のカレンダーを突き合わせただけで済んでしまい。
お綺麗な先輩、
でもでも実は“鬼百合”という別名をお持ちなことまで御存知で
そこへと緊張するものか。(「失礼な」笑)
含羞むあまりにお話はあまり弾まぬまま、割と早々とお開きとなってしまい。
それではと辞去しての、さて。
制服姿では寄り道もままならぬと、そのままそれぞれの自宅へ帰宅と相なって。
「……。」
今日訪のうた中等部への道も、実は結構遠い久蔵殿。
それでもまだまだ明るいうちのJRは空いていたし、
あまりに美人すぎるせいだろか、
毅然と窓のほうを向いている金髪痩躯のお嬢様には
そうそう気安く近寄るような勇者もおらずで。
いつものようにぼんやりと、
車窓を流れる住宅街の風景なぞ、眺めて…は いなくって。
“…まだ影響力があろうとはな。”
別に隠すつもりはなかったが、
実は実は紅ばら様ったら、通っていた幼稚舎や初等科、中等部のみならず、
すぐご近所の男子校の後輩(?)たちからも、
とある事情から、いまだに一目置かれておいでだったりするそうで。
◇◇◇
隣接する男子校は、やはり初等科からの一貫教育校で。
ちょっと離れたところとはいえ、
そちらには同じ年頃の男衆らが、どっさり…は大仰なれど、
結構な数が犇き合っているのだから、何だか妙な話でもあって。
男女交際なんてのに関心が沸きそうなお年頃の、
高校生の女子だけは、残念ながら別の土地にいるせいか、
そういう鞘当てっぽいあれこれは、あってもこそこそとしたもの。
むしろ、澄ました顔しやがって生意気なんだよなんて、
わんぱくな坊主が必ず何人か春先に暴れたりもしたものだったが、
そっちにしても、大概は 先生がたなり親御なりがやんわりと教育的指導を行い、
GWが明けるころには静まったもの。
ただ、時には“それがどうした”と
執拗に意地の悪いちょっかいかけを続けるお馬鹿もいなくはなくて。
久蔵お嬢様が初等科に上がったその春も、
どういう巡り合わせだったものか、
女の子がきゃあきゃあと逃げ回るのを
新鮮な光景だと思う 性分の悪いのが、約2名ほどいたもんで。
「おはようございますvv」
「おはようございます♪」
清廉にして無垢、可憐で素直で愛らしい、
初等科の小さなレディたちもまた、徒歩にての自力登校が原則で。
自宅のある町の最寄り駅までは車を使っても構わぬが、
学園のある地ではあくまでも徒歩でと決まっているので、
朝ともなれば、JR通学の愛らしいお嬢さんたちが、
小学生から中学生まで、駅前にあふれるのがこの町の恒例の風景で。
初等科の制服は、中等部とはまた違い、
ボタンなしのウエストカットのジャケットに、丸襟のブラウスとリボンタイ。
ひだスカートはお膝までで、紺色のハイソックスに革靴が何ともおしゃま。
お帽子はちょっと珍しい濃色のベレー帽なのだが、
その可愛らしいのをいきなりむんずと掴んだり、
「おらおら、可愛いだろうがよっ。」
木の枝に毛虫を乗っけて突き付けたりするような、
結構 乱暴な意地悪くんたちが、その春はいつまでも猛威を振るっていたようで。
「きゃあぁ。」
「いやぁっ。」
ランドセルを跳ね上げて、お帽子が飛ばないように手で押さえと、
半分泣きかかっての、逃げ回る女の子らを追い回すのは、
ご近所の大学付属の男子校の悪ガキどもであり。
そちらも結構いいところの御曹司ばかりが通っているはずなのだが、
我儘し倒して育ったクチがたまに紛れていたりすると、
こういう騒ぎも勃発するもの。
見かねた大人が注意することもあるけれど、
その場だけ大人しくなるのみで、
翌日には同じことを繰り返すという性分の悪さだったので。
中には学校に行くのがイヤだと言い出すお嬢様もいたらしく。
GWを過ぎてもやまぬ こういう年度は珍しいと、
大人たちがそろそろ案じ始めた梅雨の始め。
「早く逃げましょうっ。」
「早く早くっ。」
「学校へ逃げ込めば大丈夫。」
彼らと同じ時間帯に登校した不運を呪いつつ、
何とか逃げ切りましょうと励まし合って。
お行儀は悪かったが背に腹は代えられないと、
懸命に駆けての逃げたお嬢様たち。
先行していたお友達に気が衝くと、早く早くと仲間に引き入れ、
時折足元をもつれさせつつも、あとちょっとですわよと頑張っておれば、
「あ、宇都木さんっ。」
「一子様、走ってっ。」
つややかな黒髪をボブに揃えた、
お人形さんのような愛らしいお友達が前方に見えたのへ、
ああ、早く早くと急かしたものの、
「え?え?」
もともと余り丈夫ではない一子様。
だから、早めに出て来て自分のペースで通っていたので、
そんないきなり急かされてもと、まずは戸惑って見せてから。
だがだが、いじめっ子の話は噂で聞いてもいたものだから、
彼女なりに足早になっての彼女らと歩調を合わせたものの。
アスファルトの道は堅いので、いきなりの駆け足はすぐにも響いて痛くなる。
それに、駆けっこもあんまり得意ではないものだから、
すぐにも足がもつれると危なっかしくも転びそうになり。
そこへと追いついて来たいじめっ子らが、
いいカモ発見〜なんて、顔を見合わせてしたり顔になったそのまま、
他の女子は見切っての駆け足を緩め。
すぐにも立ち止まってしまった愛らしい一年生へ、
じわじわと歩み寄って行ったけれど。
「〜〜〜いや。」
悲鳴さえ上げられないほどに気の弱いお嬢様。
泣き出すかな、うずくまっちゃうかなと、けしからぬ予想図を立てつつの、
そちらさんだって迷惑千万だろう、
枝に乗せたままだった毛虫を突き付けかかったそのときだ。
足音さえ立てずの、だがだがそれは鮮やかに
どこをどう通って駆けつけたのやら。
最後に飛び越したのは、
間違いなく大人の背丈ほどはあったろう高さのブロック塀の上を、
体操競技の跳馬を思わす鮮やかなフォームでの横っ跳び。
スカートの下に、
実は膝丈のスパッツはいてたんですよという勇ましい騎士様が、
どうやって手をついたやらな塀の上、
映画のアクションスターでもなかなか難しかろう、
その身を真っ直ぐ水平にぶん回しての飛び越すと。
可憐な少女が悪漢に迫られていたその狭間へひらりと割り込んで、
校章がプリントされたレッスンバッグをひゅんっと振り回し、
悪たれ小僧の鼻先へバッシ〜ンと叩きつけてる過激さよ。
『いいか? 久蔵、
相手に怪我をさせるような武装はただの喧嘩だ。
成敗や天誅はあくまでも罰だから、
痛いということよりも、
ぶたれたんだ恥ずかしいと思わせりゃあ十分だからな。』
決して喧嘩早いわけじゃあないし、
それほど正義感ばかり強い子でもないものが、
どうもこのところ気になるやんちゃがいるようで。
掴み合うよな本格的な喧嘩沙汰なんてものになだれ込んだら、
まだまだ幼いお嬢様が勝てる見込みは薄いからと、
『…そんなことを吹き込みましたか、兵庫さんたら。』
『しょうがなかろう。今以上に小柄で細い子だったのだし。』
高校生になってその話を聞いたお友達二人が呆れたように、
当時から既に偏った指導をしていた榊せんせえの指導の下、
レッスンバッグから取り出したのは、
塩ビのポコポコと柔らかいおもちゃのバット。
「……。」
無言のままそれを振りかざしての、
この悪者めと躊躇なく振り下ろす冷然としたお嬢様には、
「わ、わあっ!」
「なにすんだっ、痛たたっ痛いっ!」
最初こそいきり立って刃向かって見せた坊ちゃんたちも、
怯むどころか無表情のまま、
そう、害虫でも潰すかのよに淡々とバットを振るう、
凍ったようなお顔のお嬢様には、
何を言っても通じはしないと、何発か叩かれてから気がついた。
「痛いよ、やめろよぉ。」
「ごめんだよぉ〜。」
終まいにゃ わんわんと泣き出す悪たれたちだったのへ、
さすがに見かねたか、バットを受け止めるよに手を出したのが、
「それで勘弁してやれや。」
そちらさんも、まだまだ寸の詰まった肢体の坊や。
衣替え直前とあって、
まだ合服のブレザーは…脱いでの絞って肩に掛け。
紙パックの無糖ストレートティーを、
ストロー差して飲みつつ通りかかった、なかなか大人な一年坊主の
「弓野ぉ〜。」
彼らの間では存在感を認められてる男の子なのだろう。
たちまち判りやすく萎れての、助けてとすがるように飛びつく悪たれたちを、
だがだが延ばした足の先にてどんと弾き飛ばしてから、
「虫がよすぎんだよ、お前らも。」
ランドセルじゃあなくのデイバッグ、
片側の肩にだけ提げての立ち姿も、なかなかに決まっておいでの一年坊主。
少し切れ長な目許をぎりと吊り上げると、
「いつまでも幼稚なことしてっから、
図に乗ってた罰が当たったんだ。そこは判れな?」
「う、うん。」
「判った、ごめん。」
塩ビとはいえ、
バットを振りかざして悪党退治をやらかしたのも、
小学生のお嬢ちゃんなら。
それへ割って入っての引き分けて、
大人びた言い回しで諭したのもまた、
やや砕けた格好が決まっておいでの
小学生の坊ちゃんであり。
何か変だぞ、この文教地区。(笑)
◇◇◇
何の効果かピタッと騒動が治まってしまい。
しかもしかも、わんぱくだった坊やたちが
いきなり品行方正になったというから、
それはそれで不審なことよと
大人たちが怪訝そうなお顔になった顛末はといや、
そういうすっとんぱったんがあったせい。
そして、そんな一件があったことが
相手の学校でも詳細込みで広まったらしく。
その結果、
在学中のずっと、まるで女学園付属中学の総番ででもあるかのごとく、
恐れられ、もとえ、一目置かれていた
久蔵お嬢様だったらしいというから恐ろしい。
「……?」
ふと、ポケットで音無しの主張を始めた存在に気がついて。
JR車内での通話はマナー違反だが、
どうやらメールらしいという着信音だったので。
スマホを取り出し、ちょちょいと指先でアイコンをタップしてみれば、
届いたばかりの短いメールは 主治医のせんせいからのもの。
手短な文章だったし、間違いなく日本語だったが、
それでも…ちょいと意味が測りかねたものか。
「……………………………………………。」
随分と長いこと画面を見つめ続けた紅ばらさんであったりし。
【 弓野の坊ちゃんが ○○病院へ入院したそうだ。】
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*今回特に書いてみたかったのが、
久蔵さんと弓野くんとの腐れ縁です。
思えば久蔵さんて結構周囲に恵まれてます。

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